一人っ子は本当にダメ?2人目を妊娠できなかったワーママが思うこと

こんにちは、カツヤママです。フルタイムで働くママとして、ワーママの日常に役立つ体験談をお伝えしています。

 

今回は、第二子不妊から第二子を諦めたワーママの体験談をお伝えします。

 

こんなお悩みの参考に

・第二子不妊をいつまで続けよう?

・一人っ子育児に少し不安がある

 

第二子の不妊、密かに悩まれている人も多いのではないでしょうか。

 

「第一子不妊」という視点から見ると、一人目がいるのに「第二子不妊」なんて見る人から見たら「贅沢な悩み」だと思われることもあるようで、声を高らかに悩んでいるとも言えないです。

 

私も長いこと悩み、自分の稼ぎの大半を不妊治療にあてていた時期があります。夫ともこれが原因で揉めたことがあります。(当時はなんだよ、非協力的な夫だな!と怒りを覚えたことも)

 

働いていいると第二子不妊に陥る人も多いそうで、私の経験したことが誰かのお役立てるのではないかと思い、記事にすることにしました。

 

私の場合は42歳で第二子を諦めました。体力的、精神的、金銭的に限界でした。そこから1年、やっと「一人っ子ママとしての現実」を受け入れられるように。

 

不妊治療をやめるタイミングは、なかなか踏ん切りがつかないものです。

 

何よりも自分が納得できないとモヤモヤが残ります。モヤモヤを残さないためにいろんな意見を知ることも参考になるはずです。

 

ちなみに第二子不妊で悩む人は年々増加傾向にあり、少し古い数字になりますが2017年5月に日経DUALが行ったアンケート結果によると、

不妊治療経験者147人の中で第二子のときに不妊治療を経験した人は62.6%。

 

その内51%もの人が「第二子で初めて不妊治療をした」と答えているそうです。

 

もしもお一人で悩んでいる人がいたら、決して少数派ではないということ。

では、早速いってみましょう。

 

働きながら不妊治療で限界に

私が第一子を産んだのは35歳のときです。参考までに第二子不妊の専門病院のHPを今みると

35歳以上で第一子を産んだ人で第二子を望む人はあまり間をおかず、できないと思ったらすぐに相談しにくるように。

とあります。

 

けれど私の場合、ひとり目を産んですぐに次の子供を、、という気持ちになれなかった。

 

赤ちゃんって生まれてからの方が大変ですよね、育児はやったことないことの連続・・・当時は疲れ切っていました

 

さらに現場の人手不足で育休1年も満たずに復帰してしまった私には、第二子が欲しいと思える心の余裕がありませんでした。

 

やっと子供が2歳を過ぎた頃に余裕が少し出始めた頃、ふと周りを見ると妹や弟が生まれる保育園のお友達が増加。

 

あれ?そう言えばと思った時にはすっかりアラフォー年齢。38歳になる時に不妊治療院を訪れました。

 

最初はタイミング療法など軽いところから始めましたが、できない・・・2、3年があっという間に過ぎていき、その間に根本的な体の改善をするための漢方治療や針治療、子供がいながらの不妊治療院通いなどが続きました。1ヶ月あたりでも10万前後のお金が出ていくように。

 

もはや不妊治療のために働いているようなもの。

 

いつも余裕がなく、どんどん目の前にいる子に対してやさしいママでなんていられなくなった。どこかイライラしていて、そのうち年を重ねることがいやになりました。

 

芸能人で同じくらいの年齢の人が第二子を出産なんてニュースを見たりするたびに、「どうして私はできないんだろう」

 

「あの人も私と同じ働くママなのに、子供ができるんだろう」とか、比較論で落ち込んだりする日々でした。

囚われつづけた子どもは二人以上の呪縛

子どもは二人以上じゃなきゃイケない。兄弟がいないとわがままになる。のような先入観にずっと囚われていました。

 

なぜか世の中的にみて”一人っ子は悪”みたいなとこありませんか。でも、これ、本当にそうでしょうか。

 

兄弟姉妹がいてもわがままな人はわがままなんですよね。

 

不妊治療を重ねているときはもう客観的になれず、絶対子供は二人以上じゃなきゃダメだ。この子のためには兄弟姉妹が必要、と必死でした。

 

ただ今に至るまで、うちの子に「兄弟がほしい」なんて言われたことないんですよね。。

 

本人はとてもマイペースで好きなことに没頭する性格です。おもちゃもや本を兄弟で取り合う経験もないためか、集中して物事に取り組む小学生に育っています。(まあよい面を捉えた言い方ですけど💦)

 

私が不妊治療に見切りをつけたのは、やれることだけのことはやったから・・につきます。

 

自分の中で「体外受精」までして本当に欲しいのか?と考えたとき、そこまではしないと決めていました。

 

だからこそ終盤では、体外受精の手前までにできることは、41歳になったときに1年以内にやると決めて実行しました。

 

本当にお金がかかりました。。でもやり切って踏ん切りをつけて終止符をうつことができました。ちなみに夫は第二子について非協力的だったので、金銭面で自分の給料だけが頼りでした。

一人っ子だからできること

 

不妊治療を終えてからは、一人っ子の親を楽しむことを決めました。

 

一人っ子だからできることもたくさんあります。他の人がなんと言おうと関係ないんですよね、子供にとっては。

 

だから1回しかない子育ての時間を後悔しないように、自分自身が楽しみつくそうと思いました。

 

まだいもしない子を迎えるためにイライラしたママがいるより、子供にとってはいつも機嫌のよいママのほうがいいはずです

 

実際不妊治療にお金がかからなくなったのと、不妊治療院や針治療に通う時間を捻出する必要がなくなったので、生活自体がとても穏やかになりました。

 

そして、子供と一緒にできることを楽しむようにして、思い出がたくさんできました

 

また本人にどんな可能性があるかわからないので、興味をもちそうなことにいろいろチャレンジさせることができています。

 

まずはやってみて合わなかったらやめればいい、そう考えても兄弟全員となると親の負担も大変ですが、子供一人ならやってあげられることの選択肢も広がります。

 

物事はいろんな面からみることができます。どの角度から見て、どう前向きに捉えるかで未来は大きくかわります。変われない事実を受け入れて前向きに今を楽しむことが、大切だと今ではおもいます。

 

働くじぶんを楽しもう

 

兄弟姉妹を育てるママに比べて、子育てブランクが少なくてすむのも一人っ子ママならではの特典と考えるとママ自身の選択肢も広がります。

 

子育てはいつか終わりますから、自分の世界を持っておく、これはとても大切。子供が小学生になる頃からは、自分の働き方も考える時間ができました。

 

そこで、これから私はどうやって働いていきたいんだろう、保育園時代のときのように子供ありきで自分の働き方を考えるのではなく、長い人生の中で働く時間をどう考えるか。

 

私はいくつになっても自分の人生を楽しむために働いていたいなと思いました。

 

そこでブログやツイッターで自分の考えを発信することにしました。

 

会社だけに依存することなく、「働く」をもっと楽しめるので、おすすめです。

 

 

まとめ

今回は第二子不妊で悩んだ時を振り返って書いてみました。どんな家族を望むかは人それぞれです。

正解なんてありません。ただ言えることは、毎日を、その時々を精一杯楽しむことがいちばん。

できないものはできないし、ないものをいつまでも嘆いても仕方のないことです。

それよりも毎日楽しく生きるために何ができるか、そうやって自分らしくママが楽しんでいるほうがよっぽど家族や子供のためにも健康的です。

いま悩んでいるママさんがいたら、私の経験が少しでも参考になれば幸いです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。